あかりかえでブログ

志向す思考と嗜好記事。試行してこ。

【夜の独り言】「難」しいから伸びる二本の道の結末。

 こんこんばんは😗

 

彩光かえでです

 

 

 あついつゆ。(暑い梅雨)

 

 

つめたいつゆ。(冷たい汁)

 

 

やっぱり夏の傍(そば)に蕎麦(そば)。

 

 

 

 

 

 

 

(過去最悪のオープニングトークヾ(•ω•`)o)

 

 

 

 

 

 

 

さてさて、毎日暑くてやる気も食欲もなくなりつつある今日この頃であります。

 

 

 

そんなブルーな季節は毎年、全部面倒くさくなってほったらかしたくなる「いやいや病」にかかる瞬間が多々あります。

 

 

 

けれど、今年はドラゴン桜が放送されているおかげもあって、ぎりぎりモチベーションをキープ出来たり出来なかったりしています。

(いや出来ないんかよヾ(•ω•`)o)

 

 

ということで今日はその鬱憤をぶちまけときます。

(勝手に吐き捨てんといてヾ(•ω•`)o)

 

 

 テーマ「逃げ」でいってみよ!

 

 

 

 

 

estar.jp

 

 

 

 

 

 めんどうくさいこと

やりたくないこと

たいへんなこと

 

 

 

全てから逃げ出したくなる時がある。

何もかも脱ぎすてて、どこか遠くへ行きたくなる時がある。

 

 

 

けれどその度に周りの声が聞こえる。

 

「頑張れ」

「まだやれる」

「今逃げたら全部水の泡」

「楽な道に逃げるな」

「楽な道の先はろくなことがない」

「苦労するからこそ幸せになれる」

 

搔き消したくなる言葉ばっかり。

うんざりする常套句ばっかり。

 

もう十分頑張ってるし、限界をあんたが決めるな。

それっぽいことばっか言って、苦労人ぶんな。

 

 

 

壁に出くわすたびにそう思っては逃げ続ける。

 

 

 

 

 

 

そうしたいのはやまやまだ。

 

 

 

 

 

 

けれど、しない方がいいことはなんとなくわかる。

誰かたちの雑音に惑わされずともなんとなくわかる。

どうせ逃げ続けてもロクな人生にならないことくらいなんとなくわかる。

 

 

 

 

 

楽して助かる命がないのはどこも一緒。

 

一時の感情に流されて利益を失うようなバカな人間にはなるな。

 

「逃げ」じゃなくて、「回り道」だとしたら、悪くはない。

 

 

 

 

 

空想上のヒーローはみんな同じことを言う。

そして彼らは最上級の大団円を持って帰る。

空想上だから当たり前だけど。

 

 

 

 

 

自分も空想上にいたら、そんな未来が確定演出だと思う。

けれど残念ながら、現実に足がびったり張り付いてるから。

だからせめて空想上の言葉にすがったりする。

 

 

 

 

 

 

そんなこんなでやりたくないことをぶつぶつセリフを吐きながら、取り掛かるのはいかにも現実って感じで幻滅なのですが・・・

 

 

 

 

 

 

 

一瞬時たままれに偶然「有り難い」ことがあったりする。

 

 

 

 

 

 

難しいことを避けることは「無難」っていうらしいけど、

難しいことに挑戦すると「有り難い」ことがあるらしい。

 

 

 

 

 

 

結論。日本語って、よくできてる。

 

 

 

 

 

 

 

 今週もぼちぼち頑張っていこ。

 

 

それでは<(_ _)>

 

 

 

 

【夜の独り言】「人」を「憂」う。それ即ち「優」しさと為りて。

こんこんばんは😗

 

彩光かえでです

 

今日は6月6日。

 

3月3日や5月5日、7月7日など月と日にちが一致すると〇〇の日になりがち。

 

この法則を使って誰か6月に祝日作ってくれ( `・∀・´)ノ

 

 

 

・・・ということで祝日なしの6月を駆け抜ける日々の最初の日曜日。

 

 

 

 

テーマはお堅く『優しさ』

 

 

 

 

それではワイン片手に行ってみよ。

(と思ったらファンタグレープヾ(•ω•`)o)

 

 

estar.jp

 

 

 『優し鎖』

 

 

 

 

人に優しい人は何が違うのか。

 

地球に優しい人は何が違うのか。

 

お財布に優しい人は何が違うのか。

 

 

最後の問いは置いておいて・・・

 

 

 

 

 

 

優しいになるにはどうすればよいのか。

 

 

 

 

 

 

その答えの一つを知った。不意に知った。

 

それは、あまりにも当たり前すぎた。

 

けれど、あまりにも難しすぎた。

 

 

 

 

 

 

 

結論を先に書くと、

 

 

「優しさ」はきっと、「自分事」から生まれる。

 

 

相手の状態を「自分事」としたときに、

 

相手の辛苦と共鳴することで優しさは生まれ、溢れ出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相手の状態・感情を「自分事」として自分の中に取り込む。

 

これが第一のステップで、これが上手い人はきっと優しさのオーラを纏っている人だ。

 

 

 

 

 

 

 

相手の状態・感情を「自分事」として共鳴する。

 

これがもう一つのステップで、これは完全に「自分事」とした自分の主観に完全に依存している。

 

相手の状態を何ともないと思う人もいれば、大変だと捉える人もいる。

 

それはもうその人次第だ。

 

ただ一つ言えることは、その共鳴する主観のセンサーが人より敏感な人は、優しさを人より産みやすいということだ。

 

周りがそんなことで、と思うような些細なことにも優しくできるのは、きっとこのセンサーが人よりも敏感に反応できるからかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、「優しさ」最大の難しいポイントだ。

 

けれど、だからこそここに「偽善者」という表現の一つの答えにたどり着く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「偽善者」という表現もこのセンサーに依存している気がする。

 

相手のセンサーが反応して優しさが溢れ出した時、自分はそんなことでは反応しないと感じたなら、それは自分から見て相手が偽善を振りまいているように見える。

 

そして「偽善者」認定を大臣よろしく交付する。

 

 

 

 

 

 

 

 

これが「偽善者」表現が絶えない要因の一つに見える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けれど言えるのは「優しさ」は主観でしかないということ。

 

 

 

 

 

だから自分が相手を慮る際に反応するセンサーの敏感度に応じて、人それぞれ「優しさ」の溢れ方は違うのだ。

 

 

 

 

 

そこに「偽善者」という虚しい表現が見え隠れしているのは、主観という同調社会が排除してきた異物が混在している副作用なのかもしれない。

 

 

 

 

 

だが、それをまた「自分事」として落とし込んで理解に努め合えれば、「優しさ」の連鎖も果てしなく続いてくれるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

これ、学校の教科書にある評論みたいになってしまった。。。

 

つまり、センター試験で採用されるかも。

(うん、もちろんされないよヾ(•ω•`)o)

 

 

 

そしてなぜか今、とても「やさしいズ」のコントが見たくなった。

 

 

 

さーて「牛丼最強理論」見て寝よっと。

 

 

 

 

それでは、今週も頑張るぞ( •̀ ω •́ )✧

 

 

 

【ねたばれ感想】「いのちの停車場」その意味に気づけたとき——。

こんこんばんは😗

 

彩光かえでです

 

 昨日から6月ですね。

 

段々と気温も上がってきて、マスクのむれが酷くなってきました。

(✖マスクの群れ 〇マスクの蒸れ)

 

忌まわし宣言は延長ですが、やっと映画館は順次営業再開できるようになりました!

 

ほんとうに良かった!(映画泥棒の声が届いて)

 

映画館が除外されていることが何にも増してやるせなかった。

 

よし、このぶつけようのない気持ちを映画で吹き飛ばすぜっ( •̀ ω •́ )✧

 

映画泥棒さんとも久しぶりのご対面。

(安定の恐怖感、期待してますっ!)

 

 

estar.jp

 

 

というわけで今日は映画のご紹介を。

 

 

 

 

 

『いのちの停車場』

 

 


www.youtube.com

 

 

未曽有のウイルスとの戦争が続く今、『命』という最も有り触れて、最も有り難い賜物について考える感動の医療巨編——。

 

 

ウイルスと闘い始めて、一年以上が経ちました。

 

 

緊急事態が幾度となく繰り返される現状に誰もが嫌気がさし、もう従うのも我慢の限界に達している。そんな今日の日々です。

 

 

 

しかし、そんな長すぎる日々の断片を切り取れば、一日一日の中に必死でもがき生きようとする人々がいて、懸命に支え救い出そうとする第一線の医療従事者がいます。

 

 

 

そんな『命』に向き合う主戦場は、私たちには垣間見ることはできません。

 

 

 

しかし映画という贈り物に乗せて、その『命』と向き合うことが出来ます。

 

 

 

今回の作品はまさに、それを叶える一本でしょう。

 

 

 

本作を見ることは、何かこれまでの自粛に、一つの意義を再確認できるようになる。

 

 

 

そんな気がするのです。

 

 

 

 

 

映画館にどんどん行けっていうわけじゃないけど、閉塞的な日常の気晴らしにもなりますし、先に述べたようにもう一度自粛を頑張れる気持ちを贈ってくれるような作品だからこそ、今見てほしいんです。

 

 

 

 

 

そして、その後で下に記した私の「ねたばれ感想」をぜひぜひぜひ、ご覧ください。

(あんたの計画ばれてて台無しヾ(•ω•`)o)

 

 

 

あ、ちなみにおススメ度は・・・

 

★★★★☆

 

 

なり!( •̀ ω •́ )y

 

 

 

 

映画「いのちの停車場」公式サイト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【※以下、ねたばれてます】

 

 

 

【 印象的なシーンとテーマについて】

私がこの作品で印象に残っているシーンを本作のテーマに沿って、ねたばれします。

 

テーマは大きく2つだと思います。

 

「家族」と「命のしまい方」

 

 

 

 

 

 

 

①中川棋士の左手。

 

中川朋子は癌が転移し、再発したことを受けて幼馴染の咲和子のもとを訪れる。彼女と散歩をしながらお互いにこれまでのことを話すシーンがあるが、そこで朋子は家族がいることを告白していた。

 

彼女が先端医療の治験のために咲和子のもとを離れる時、「抱きしめて」と言います。

 

その時に見える彼女の左手。それも薬指。

 

 

 

 

指輪はありませんでした。

 

 

 

 

そして彼女が亡くなった時、霊安室へ急ぐ咲和子と野呂。

 

そこには一人娘の姿のみでした。

 

 

 

 

夫の姿はありませんでした。

 

 

 

 

 

この時、あの「抱きしめて」の描写に胸打たれました。

 

 

 

 

 

女性棋士として常に戦を繰り広げてきた

世間からは美人棋士としてその容姿を保ち続ける「世間の理想」とも戦ってきた

さらに発症した癌とも戦わなければいけなかった

 

 

 

夫はおらず、娘にそんな苦悩を吐き出すわけにはいかない。

 

 

 

 

まさに孤独。

 

 

 

 

この物語の大きなテーマの一つが『包(パオ)』(本作では=『家族』とモンゴルの実例を使って表されている)だとすれば、その『包』を求め続けた一人の女性の願いが届いた瞬間こそ、「抱きしめて」もらったシーン。

 

 

 

 

 

待ち受け画面があの日撮った自撮りの写真だと知った場面。

 

『station』にて肉まん(肉包)をマスターが生前中川棋士の前にも出した場面。

 

それに咲和子がむせび泣く場面。

 

 

 

 

 

どれも彼女の欲しかったもの(=包)が手に入った、夢が叶った描写で、一番印象的でした。

 

 

 

 

 

家族とはきっと、血のつながりという定義を超えて、育まれることがある。

 

そんなことを改めて感じさせられました。

(『万引き家族』も同様のメッセージが込められていたことを思い出しました)

 

 

 

 

 

 

②『命』のしまい方

 

この物語の最大の問いかけは最後に訪れるあの選択。

 

 

安楽死

 

 

自分の父親が痛みにもがき苦しみ、永遠の解放を望んでいる。

 

大学病院時代の咲和子なら決して許さなかった方法でしょう。

 

しかし、在宅医療での終末期医療に携わったことにより、ただ延命することが治療といえるのか。

 

 

 

 

そして、『命』のしまい方を決めるのは誰か。『命』は誰のものなのか。

 

 

 

 

それを問いかけていました。

 

 

 

 

 

 

 

『命』のしまい方。

 

 

 

 

 

 

 

この言葉は美しいです。

 

 

それがタイトルにも反映されているのでしょう。

 

 

どこに停まるのか。

 

 

『命』をどこで停めるのか。

 

 

とても難しい問題です。

 

 

 

 

 

生きることを諦めるのは決して許されることではない。

 

 

私は以前からそう思っています。

 

 

しかし、外野からその価値観を押し付けることは、自分のただのエゴではないか。

 

 

考えさせられました。

 

 

咲和子も思い悩み、一度は実行を決意しました。

 

 

しかし降りしきるあの雪の中の日、彼女は執り行うことはなかった。

 

 

いのちの停車場を自らの手から離した。

 

 

そして、雪解けの朝。

雪に乱反射し、降り注ぐ朝日。

それを見つめる父娘。

 

その美しさは生きていなければ決して見ることのできない奇跡。

 

『命』の美しさと重なると同時に、

 

「生きてさえいれば、きっと」

 

そんな気持ちをどこか呼んでくるかのような最後でした。

 

 

 

 

 

<感想>

 

いのちは授かったもの。

 

授かったいのちの長さは、人それぞれ違うもの。

 

つまり、それはいのちの停車場の位置が、人それぞれ違うということ。

 

 

きっと、その停車場の位置を変えずに生を全うすることが、授けられたいのちへの恩返しなのかもしれない。

 

 

 

 

 

それでは<(_ _)>

 

 

 

 

 

【夜の独り言】エッセイ綴ると、歌詞に生まれ変わった。(作曲希望)

こんこんばんは😗

 

彩光かえでです

 

日曜日です。

 

月末です。

 

暑いです。

 

今日のテーマは『浮いている』です。

 

 

estar.jp

 

 

『初tale』

 

 

とある小説を読んでいて、面白い表現を見つけたんだ

 

 

「彼はクラスから浮いていた。沈んでいた、と言うべきか。」

 

 

そんな風な表現だった

 

 

浮いている

沈んでいる

 

 

知っている?

 

 

周りからみて常軌を逸した人は

よく「浮いている」と、言われている

 

 

何からどう浮いているのかは

よくわからないが、浮いている

 

 

それは悪口なんだと聞いている

「浮いている」

 

 

それも悪くはないと気づいてる

初(うい)tale(テイル:物語)

 

 

浮いている方がいい

 

沈んでいるよりいい

 

独りで浮いている方がいい

 

仲良く沈んでいるよりいい

 

初めて知った物語

 

ぷかぷか浮いて、憂に手を振る

 

 

ぷかぷか

 

ぷかぷか

 

ぷかぷか

 

ぷかぷか

 

 

 

 

 

 

今回、エッセイを書いていたら、曲の歌詞のようになってしまいました。

 

実際に小説に書かれた表現に感銘を受けて、わちゃわちゃ殴り書いていたら、韻を踏むのが楽しくなって、気づいたら小説の話が飛んでいました。

(もどってこーい(。・∀・)ノ゙)

 

けれども私、如何せん楽器が弾けないのです、こう見えて。

(あんた、顔出しせん人やんヾ(•ω•`)o)

 

だから曲という装飾をつけられないのです、こう見えて。

(あんた、顔出しせん人やんヾ(•ω•`)o)×2

 

 

 

だから、これを読んでいただけた方で、もしメロディーで包んでくれる方いましたら、どうかこの冴えない歌詞を包んでやってください。

(わが子、現在裸ですゆえヾ(•ω•`)o)

 

 

 

 

(。´・ω・)ん?二番も欲しいって?

 

 

 

 

よーし、また日本語で遊ぶかっ!

(番組見ながら、なヾ(•ω•`)o)

 

 

 

 

今日なんか変則な感じになっちゃいました。

 

 

 

そんなこんなですが、今週も頑張りましょう( •̀ ω •́ )✧

 

 

それでは<(_ _)>

 

 

 

SDGsという名の戦国時代の幕開け——。

こんこんばんは😗

 

彩光かえでです

 

 

世はウイルスとの戦争状態。

 

そんな中——

 

もう一つの戦争が、起ころうとしていた。

 

 

 

その名は・・・

 

 

 

 

 

 地球環境問題っ!!! 

 

 

 

 

 

 

 

・・・はい。

 

 

 

というわけで今日は、環境問題の話を。

 

 

最近、SDGs・脱炭素などの環境対策、よく耳にしますよね。

 

日本テレビ系列も来週の31日(月)からの1週間をGood For the Planet と題し、環境への関心を強めています。

Good For the Planet 今からスイッチ|日本テレビ

 

 

 

 そんな環境に配慮した時代が迫りくる中、

 

 

 

実は8年前に環境問題への関心を与える作品があったことをご存じでしょうか。

 

 

 

当時は私も環境問題の題材としてその作品を見てはいませんでしたが、最近もう一度見返してみると、どうやら環境の話も含まれていそうだ。。。

 

と思い、制作陣の先見の明に驚きました。

 

こういう人がお金を稼ぐ人なんだなぁ。

(弟子にしてくれっヾ(•ω•`)o)

 

 

 

 

 

 

当時、戦国時代を銘打ち、放送が開始された話題作。

 

そして今、環境問題としての側面を帯びて、注目が高まる作品。

 

 

 

 

それは・・・

 

 

仮面ライダー鎧武』

 

 

 

 ドラマや映画を想像された方、ごめんなさい。

 

 

特撮です(笑)

 

 

 

 

主人公の葛葉紘汰はアルバイトに勤しむ青年。彼はそんな自分を変えたい、変身したいと思い悩んでいた。そんな中、あることをきっかけに謎のベルトを手にし、『アーマードライダー鎧武』となる力を得る。それをきっかけに、彼の人生は大きく変わり始め、やがて世界を揺るがす運命に巻き込まれてゆく――!!

 

 


www.youtube.com

 

 

 東映特撮YouTubeでは1話2話を無料で視聴することが出来ます。

(感謝しかない)

 

 

一度目に見たときは、素直に仮面ライダーとしての戦いを楽しんでいました。

 

 

本作は沢山の仮面ライダー同士が争う、ライダー戦国時代の作品。

 

 

アクション好きにはたまりません。

 

 

 

 鎧武の魅力はそれだけではありません。

 

 

 

大抵これほどの長編作品は中だるみの部分がありますが、それが本当にないんです。

 

 

全47話を5分割くらいに分けることができ、一つのパートごとに物語の内容が濃く、段々と真実が明かされていくので飽きることなく一気見できます。

(おうち時間ばんざい)

 

 

 

 

 

 

そんな特撮の王道をゆく作品ですが、実は環境問題にも触れられていた⁈

 

ということに気づいてしまいました。

 

 

 

 

 

【少しねたばれになっちゃいます】

 

 

物語の核は、なんといってもヘルヘイム

 

 

ヘルヘイムという謎の森に地球(ホシ)を侵食される。

 

 

その危機に運命が動き始め、戦いの幕が上がるわけです。

 

 

 

 

 

その時の各登場人物たちの行動。

 

作中の人物たちは仮面ライダーというある種の力を手にしている者たちです。

 

 

 

彼らがその力を地球の危機にどう使うのか。

 

 

 

 

ここを今の現状と重ねて観ると、面白いです。

 

 

現代社会に置き換えると、以下の感じでしょうか。

 

 

 

 

環境問題に直面した私たち。

 

その時の企業・家庭・個人の反応や意識、対応。

 

資本主義社会の上層に属する者たちは金という圧倒的力を有している。

 

 

 

 

それを地球が悲鳴を上げている今、何に使うのか。

 

 

 

 

物語は時としてリアルと重なります。

 

今、特撮という有り得ない世界線と令和の現実がリンクしつつあるこの筋書き。

 

 

 

物語の結末は、皆が決める。といったところでしょうか。

(セイバーなヾ(•ω•`)o)

 

これからは皆のステージともいえるでしょうか。

(鎧武、なヾ(•ω•`)o)

 

 

 

特撮、面白いので興味あればぜひぜひ( •̀ ω •́ )y

 

 

 

 

それでは<(_ _)>

 

 

 

 

 

 

【夜の独り言】自己紹介が”名”の紹介でなくなる時。

こんこんばんは😗

 

彩光かえでです

 

 

梅雨になり

暑さも増して

マスクとる

(とるな、あほヾ(•ω•`)o)

 

 

という感じで、ますくが苦しい季節になってきました。

 

でも、ますくは忘れず我慢してつけねば。

 

いつから夏もますくする部族になったのやら・・・。

 

 

そんな今日この頃にも思うことも沢山で、それをずらずらと綴るのが日曜日。

 

 

 

今日のテーマは「母」

 

 

 

ではでは早速いってみよ。

 

 

 

estar.jp

 

 

 

それは公園でぼけーーっとしてた時の話。

 

 

公園では幼稚園帰りの子どもたちが遊んでる。

 

その傍らでそのお母さんたちが見守ってる。談笑してる。

 

そこへ別のお母さんがやってきた。

 

まだ幼稚園が始まって間もないこの時期。

 

お互いに自己紹介していた。

 

 

 

 

 

ん??

 

 

 

 

 

その自己紹介が引っかかった。

 

何で引っかかったのかはよくわからない。

 

確かに聞いたことのある自己紹介。

 

でもなぜか不思議な感覚におちた。

 

 

 

お母さんたちはいった。

 

「初めまして、○○の母です。」

「こんにちは、○○の母です。」

「○○の母です。よろしくお願いします。」

 

口々にそう自己紹介した。

 

 

 

 

 

誰一人、自分の名を名乗らなかった。

 

 

 

 

 

これが子どもを持つ母という存在なのだ、と思った。

 

 

 

 

自己紹介は自分の名を名乗るもの。

 

みんな知ってる。

 

けれど母になるとそれは一変する。

 

 

 

 

自分の名前ではなく、子の名を使い、自らを紹介する。

 

 

 

 

会社で言うところの所属部署・役職といったところなのだろうか。

 

 

 

 

 

自分の名を置換するそれのみで自分を表現している様はまさに、責任の体現。

 

 

 

 

子どもの母であることの自覚と責任を確かにその紹介で宣言する。

 

 

 

 

そんな自己紹介に見えた。

 

 

 

 

だから、引っかかりと同時に羨望を抱いた。

 

 

 

 

 

ん??

 

 

 

 

 

何が言いたいのって・・・

 

 

 

母はっ!

 

主婦はっ!

 

紛れもない大任であるっ!

 

 

 

 

 

ん??

 

 

 

 

 

自己紹介にそんな深い意味ないって?

 

 

 

 

 

 

それ・・・

 

 

 

 

 

 

 

私も思ったヾ(•ω•`)o

 

 

 

 

※大学生が公園にて、幼稚園の母たちの自己紹介を、横目で盗み見る話でした。

 

 

 

 

負けじと今週も頑張るぞ( •̀ ω •́ )✧

 

 

【夜の独り言】缶ビールのことを思うと、夜も眠れない。

こんこんばんは😗

 

彩光かえでです

 

世間では、一向に”やつ”が収まる気配もなく、恙なく苦しいままです。

 

そして早くも近畿地方が梅雨入りしたということで、心も空も雨模様。

(全然うまくないヾ(•ω•`)o)

 

 

そんな日常の中で思うこと。

 

 

今日もそれをぶつぶつ綴る時間というわけです。

 

 

今日のテーマは『想像力』

 

 

想像力をはたらかせていってみよっ!

 

 

 

estar.jp

 

 

 

路上で

 

大人数で

 

大声で

 

お酒を楽しむ人たちがいた。

 

 

しこたま缶ビールを飲み終えると

 

缶ビールを置き去りにしてそのまま消えた。

 

 

 

想像力が足りないのだ。

 

ただ、それだけ思った。

 

 

缶ビールの気持ちを理解できないのか。

 

ただ、それだけ思った。

 

 

 

ビールが入っている時は

大事そうに抱えている。

 

しかしビールが無くなれば

そこら辺に切り捨てる。

 

 

 

そして次の缶ビールを愛で始める。

 

 

 

 

すこぶる想像力が足りない。

 

ただただ、そう思った。

 

 

 

会社に都合のいいように使われて、

社会が不況になれば切り捨てる。

 

 

ふざけんな

我慢できない

許せない

 

 

 

そう言ってた。

缶ビール片手に。

 

 

 

 

でもそれ、缶ビールも同じこと思ってる。

 

 

 

 

感謝が足りない。

敬意が足りない。

愛情が足りない。

 

 

 

 

それも、缶ビールも同じこと思ってる。

 

 

 

 

社会に対する不満を体感しているのに

 

同じことを缶ビールにもしているなんて。

 

 

 

 

なんて想像力の足りない。情けない。

 

 

 

 

使い捨てのように扱われるのが嫌ならば、

 

使い捨てのようにあしらうのをまずやめる。

 

 

 

 

敬意を表して

感謝して

愛情持って

 

リサイクルに回してくれ。

 

 

 

 

 

 

缶ビールは今日も独り、

リストラされた社会人にこき使われて

駅前の歩道の茂みにリストラされる。

 

 

 

 

それを拾う想像力豊かな社会人は

リストラとは無縁のスーツにSDGsのバッジをつけているのだろう。

 

 

 

 

 

缶ビールの不幸な待遇についての想像力よりも、

路上で大人数で大声で飲むことについて、

医療従事者への想像力をまずはたらかせてもらいたいところ。

(缶ビールに感情移入するあほめヾ(•ω•`)o)

 

 

 

 

それでは、今週も想像力全開で頑張って参りましょう<(_ _)>